メンタルパフォーマンス・ラボ

メンタルトレーニングの歴史(日本)


 日本におけるスポーツ心理学や心理的サポートの歴史を紐解くと、ローマのオリンピック大会頃から試合に対する「心理的準備」として、競技力を高めるための心理面のトレーニングが注目され研究されるようになった。1964年の東京オリンピック大会に対する選手強化策では、「根性」の問題が大きく取り上げられた。たとえば射撃では、ジェコブソンの漸進的リラクセーションやシュルツの自律訓練法や催眠法などの臨床心理の技法を適応する試みもなされた。さらに、「あがり」の防止や「あがり」の対策などの研究も進められた4)。猪俣5)によるとこれらの研究は、「主として試合の場における過緊張状態(あがり)をいかに防止するかをおもなテーマし、リラクセーション法、自律訓練法、催眠法等を中心としたトレーニングが実施された。」としている。このようにわが国では、比較的早くからこの問題に対する臨床心理的研究がスポーツ選手を対象として実施されたが、それは射撃の選手に限定されていた。また「精神の強化については、体力や技術面のハードトレーニングの過程で身につけられるとされたり、コーチの経験に基づいて、いわゆる精神教育として行われてきた歴史がある」と松田6)は報告している。東京オリンピックでは、女子バレーボール(東洋の魔女)の活躍などもあり、当時の根性(精神・スパルタ)練習の影響から、日本のスポーツ界は根性主義といわれる心理面での強化が主流になっていった。しかし、1984年のロサンゼルスオリンピック大会にいたって、日本代表選手の成績不振が精神面の問題にあったとする反省をもとに、再び日本体育協会のスポーツ科学委員会の中に「スポーツ選手のメンタルマネジメントに関する研究」プロジェクトが設けられ、日本における心理(メンタル)面の強化が再開されることになった。ロサンゼルスオリンピック大会後に開始された日本体育協会のスポーツ医・科学委員会のメンタルマネジメント研究で松田6)は、「メンタルマネジメント(Mental Management)」という言葉を用いている。これは、「精神の自己管理を意味している。スポーツ選手のメンタルマネジメントは、体力や技能のトレーニングと同様に、競技場面では最高のパフォーマンスを発揮するために必要な精神的な側面を積極的にトレーニングして精神力を高め、自分で精神の管理(またはコントロール)できるようになることをめざして行われる」と定義している。猪俣4)は、松田6)の述べているメンタルマネジメントの定義で使われている「自己管理」(またはコントロール)という言葉には心理的スキルが必要であると考え、次のように説明している。「代表的なものとして、緊張やストレスのコントロール、イメージ、注意の集中、積極的思考、目標設定などがあげらよう。これらのスキルは競技パフォーマンスを促進するために必要不可欠な心理的要素である。これらのスキルは、トレーニングをよって習得もしくは向上させることが可能であり、このトレーニングを特にメンタルトレーニングと呼んでいる。」

このような研究プロジェクトを背景として、日本のスポーツ現場にもスポーツ心理学によるメンタル面強化やメンタルトレーニングの普及がされるようになった。しかし、この普及の過程で、自称専門家や企業によるスポーツ心理学を背景としないメンタルトレーニングを指導する人々が現れるようになり、スポーツの現場を混乱させるようになった7)。そこで日本スポーツ心理学会では議論を重ね、2000年には、日本スポーツ心理学会が認定する「スポーツメンタルトレーニング指導士・補」の資格認定制度が確立された。これについて杉原8)は、「スポーツの現場では心理“学”的な基礎を持たない経験だけに頼ったいい加減で怪しげなメンタルトレーニングというものが横行し始めている。選手の心の問題を扱うだけに、そのようなメンタルトレーニングは選手にとって有害であるばかりでなく、メンタルトレーニング、ひいてはスポーツ心理学に対する信頼を失わせる。」と資格制度発足について述べている。この資格認定制度を確立させる中で、日本スポーツ心理学会は、メンタルトレーニングの定義を「スポーツ選手や指導者が競技力向上のために必要な心理的スキルを獲得し、実際に活用できるようになることを目的とする、心理学やスポーツ心理学の理論と技法に基づく計画的で教育的な活動」であるとしている9)

石井聡・高妻容一(2006)講習会形式メンタルトレーニングプログラムの効果について(その2).東海大学スポーツ医 科学雑誌.第18号:69-78.より
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